名古屋って、好きなんですよ。
名古屋で好きな場所といえば、大須なんですよね。
大須観音とかあったりして、結構好きなんです。
そして、お笑い芸人で好きな人がいるんですよ。
青木さやかという女芸人なんですけどね。
母親になる前の芸風が、好きでした。
といっても、今も好きなのには変わりないです。
大須演芸場にありがとうとさよなら、青木さやかも昔はこの舞台にいた!?
大須演芸場がとうとうなくなってしまいましたよ…あの場所も好きだったのに、悲しいです。
青木さやかが、そこに出ていたとは知りませんでしたよ。
私が知ったのは、TVに出ているのを見てからです。
大須演芸場といえば、過去にもなくなるようなことがあったんです。
今回と同様、賃料滞納の件で過去にもなくなってしまうということがありました。
その時は、支援をしてくれたところがあったためになくならずに今までくることができました。
それが、今年の場合は支援をしてくれるところが出てこなかったために本当になくなってしまいました。
ここで、芸人・新人時代の頃に青木さやかは芸を磨いていたそうです。
私も好きで大須演芸場に行ったことはあったのですが、毎回や毎年といった定期的に行っていたわけではなかったんです。
お金に余裕ができたときに、行っていたというだけでしたから青木さやかが出ていた時は行けなかったのかもしれません。
青木さやかが出ていた時は、1998年だったようです。
だから、私は知らなかったんですね。
この年は、お金に余裕ができていなかったときでしたから。
それに、数回ライブしただけだったようです。
青木さやかは、この当時からピンで活動していたんですね。
1人でコントをしていました。
もともと青木さやかは、アナウンサー志望で全てのテレビ局を受験したそうです。
ですが、1社も合格することができませんでした。
アナウンサーになれなかった青木さやかは、タレントになろうと方向転換をしアナウンサー志望をあきらめました。
大須演芸場に何度か寄席を見るために通っています。
青木さやかは、そこで出ている人達を見て「私もいつかは大須演芸場の舞台でなにかしてみたい。」
と語っていたそうです。
その思いは、20代半ばにすぐ実現することができました。
ネタの練習などは、大須観音のあたりだったらしいのです。
大須演芸場がなくなることに関して、とても寂しいとのことでした。